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福島地方裁判所会津若松支部 昭和49年(ワ)49号 判決

原告

鈴木シゲ子

被告

岩沢建設工業株式会社

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一  当事者の求めた裁判

1  原告

「被告は原告に対し、金二二五万八〇四三円及びこれに対する昭和四九年五月一七日(訴状送達の日の翌日)より完済に至るまで、年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。」

との判決及び仮執行の宣言。

2  被告

「原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。」

との判決。

二  請求原因

1  交通事故の発生

鈴木重夫(以下単に重夫という。)は次の交通事故で死亡した。

事故発生日時 昭和四七年三月一六日午後一一時一五分

事故発生場所 福島県大沼郡会津高田町甲二六八八番地先付近の道路

事故態様 江川利美が普通乗用自動車(トヨタステーシヨンワゴン、福島五五・せ・四八五六号、以下本件自動車という。)を運転し、重夫が助手席に同乗し、時速約五〇キロメートルで前記場所にさしかかつた際に、前方約一〇メートルに普通貨物自動車が駐車しているのに気付いてハンドルを右に切つたが、自車の左前部を駐車中の右自動車右後部に衝突させ、さらに道路左側人家へ突入したため、重夫は、その後間もなく、その場で頭蓋底骨骨折により死亡した。

2  責任原因

江川は被告会社の従業員であり、本件車両は被告会社の所有で、被告会社は江川に本件自動車の保管を命じていたものである。従つて被告は、本件車両の保有者であり、自己のためこれを運行の用に供していた者である。

3  損害

(一)  重夫の損害と相続

(1) 逸失利益 一〇三一万六〇八七円

重夫は事故当時満二〇才の健康な男子で大工見習として勤務し、昭和四六年一二月から昭和四七年一月までの三か月間の給与総額は一八万二五〇〇円(稼働総日数七三日)であつた。従つて、一日当りの平均賃金は二五〇〇円であるから年間総収入は九一万二五〇〇円であり、同人の生活費は多くともその二分の一、就労可能年数は少くとも向う四三年(昭和四五年一〇月一日改訂の政府の自動車損害賠償保障事業損害査定基準による。)とみるべきであるから、ホフマン式計算法(係数二二・六一一)によつて年五分の中間利息を控除して受べかりし利益の現価を算出すれば、前記の額となる。

(2) 慰藉料 二〇〇万円

重夫は、本件事故当時前記の通り満二〇才で大工見習中であつたが、昭和四七年三月末には右見習期間を終えて、以後大工職人として充実した人生を送ることができたにも拘らず、本件事故により若くしてその生命を奪われたことによる同人の精神的損害は多大でありこれを金銭に見積れば、少くとも前記金額が相当である。

(3) 原告は重夫の母であり同人の右損害賠償請求権を相続した。

(二)  原告固有の損害

(1) 葬儀費 二〇万円

原告は昭和四七年三月一八日重夫の葬儀を行つたが、それに支出した費用は前記の通りである。

(2) 慰藉料 二〇〇万円

重夫は原告の三男であるが、原告は夫(重夫の父)と昭和三七年に死別してからは、女手一つで重夫を養育し並々ならぬ苦労の末ようやく大工職人に育て上げることができようとしていた矢先に同人を失つたことによる精神的苦痛は多大であり、これを金銭に見積れば、前記金額が相当である。

4  過失相殺

本件事故は、江川利美が飲酒し酒に酔つて運転したため惹起したものであるが重夫もまた飲酒して同乗したことに鑑み、同人にも過失がありその割合は二分の一と思料されるので、これを斟酌すれば原告の損害賠償請求額は前記損害金の合計一四五一万六〇八七円の二分の一即ち七二五万八〇四三円となる。

5  損益相殺

原告は、自賠責保険により金五〇〇万円を受領したから、前記金額よりこれを控除すると、その額は二二五万八〇四三円となる。

6  よつて原告は、本件交通事故の損害賠償として被告に対し前記二二五万八〇四三円とこれに対する本件訴状の送達の日の翌日である昭和四九年五月一七日より完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

三  請求原因に対する被告の答弁と主張

1  答弁

請求原因1の事実は認める。

同2の事実中江川が本件事故当時被告会社の従業員であつたこと、本件自動車が被告会社の所有であり、被告が江川に本件自動車を後記のとおり保管させていたことは認める。しかし、被告は以下主張のとおり本件事故につき運行供用者ではない。

同3の事実中原告が重夫の母であり同人の唯一の相続人であることは認めるが、損害額はすべて争う。

同4の事実中本件事故が江川の飲酒運転により惹起したものであり、重夫も飲酒して同乗したことは認めるが原告の過夫割合に関する主張は争う。

同5の事実中原告が自賠責保険により五〇〇万円を受領したことは認める。

2  主張

(一)  被告は、以下の事情から本件事故については、運行供用者でない。

被告は、江川利美に対し、本件自動車を夜間だけ保管することを委ねていたが、これを私用に使うことを厳禁しており、このことは江川と親しく交際していた重夫も知悉していた。

ところで本件事故当日被告会社の勤務を終つた江川が本件自動車を運転して帰宅途中重夫に出会い、江川宅で飲酒し、二人とも相当酩酊していたが、さらに別の場所で飲み直すことになり、重夫の求めに応じて江川が自宅に保管中の本件自動車を運転して高田町でさらに飲酒しての帰途本件事故を起したものである。

従つて、本件自動車の運転は、被告の業務とは何ら関係がなく江川と重夫との私的な関係に基づき、専ら同人らの利益のためになされたものであるから、被告が原告に対して運行供用者として責任を負ういわれはない。

(二)  仮に被告が運行供用者に当るとしても、昭和四七年六月ごろ江川、被告及び原告との間に、原告は、自賠責保険の保険金の満額である五〇〇万円の支給が受けられれば、これを超える損害については被告に賠償請求をしない旨の和解契約が成立し、同年七月ごろ原告に右五〇〇万円が支給された。

(三)  仮に被告が運行供用者であり且つ、右の和解契約の成立が認められないとしても、原告は、昭和四七年六月ごろ被告に対し、自賠責保険金五〇〇万円の支給があれば、これを超える損害については賠償請求権を放棄する旨の意思表示をした。

四  被告の主張に対する原告の答弁

被告の主張の(一)の事実中江川及び重夫が本件事故の前飲酒しており、本件事故が江川の酒酔運転に起因していることは認めるが、その余の事実は否認する。

同(二)及び(三)の事実は否認する。

五  証拠関係〔略〕

理由

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、まず被告の責任原因即ち被告が本件交通事故につき運行供用者に該当するか否かについて検討する。

1  自賠法第三条にいわゆる運行供用者であるか否かは当該運行の支配・利益がその者に帰属しているか否かによつて決せられるものと解すべきところ、本件のように無断運転が問題とされる場合には、車の利用権者と無断運転者との間の関係、日常の車の運行状況、車の保管状況、乗出の目的等乗出し行為の態様、乗出し後の運行状況、被告と被害者、運転者及び車の利用権者との間の関係等諸般の事情を具体的に検討して、右運行の支配及び利益が被告に帰属していたか否かを決しなければならない。

2  ところで本件自動車が、被告の所有であること、運転者江川が被告会社の従業員であつたこと及び被告が夜間江川に右自動車の保管を命じ、本件事故が保管を命じられていた時間内に発生したものであることは当時者間に争いがない。

3  ところが、〔証拠略〕によれば、

「〈1〉江川は、昭和四二年八月ごろから被告会社に運転手として勤務し、本件事故当時は主として被告会社の工事人夫を送迎するために本件自動車(乗者定員一〇名のいわゆるマイクロバス)を運転する業務を担当していたが、自宅と会社との通勤にもこれを利用することを被告会社から許容され、その為に夜間だけ自宅にこれを保管していたこと、〈2〉しかし、江川が右自動車を保管中に被告会社の業務以外にこれを利用することは被告から堅く禁じられており、このような無断利用が会社に発覚した場合には通勤に利用することを差止められる状況にあつたこと、〈3〉江川と重夫とは幼少のころからの友人で本件事故当時まで、しばしば酒を飲み交すなど極く親しい間柄にあつたことや本件自動車が前記のような特殊な車種であることから重夫も本件自動車が被告会社の所有であり、江川がこれを私用に供することを被告会社から禁止されているものであることを承知していたこと、〈4〉江川は昭和四七年三月一六日(本件事故の当日)会社の勤務を終えて本件自動車で同県大沼郡会津高田町の自宅に帰り、午後七時ごろから自宅で重夫と酒を飲み、午後九時ごろまで二人で約一升(一・八リツトル)の日本酒をほぼ同量ずつ飲んだが、重夫の提案で、さらに別の場所で飲み直すことになり午後九時ごろ二人で本件自動車に乗り込み江川の運転で同所から約二キロメートル離れた同町字高田甲二八八二番地所在のバー「白蘭」に至り同日午後一一時過ぎ頃まで同所でビール五、六本を二人でほぼ同量ずつ飲んだこと、〈5〉同日午後一一時過ぎ頃二人は閉店を告げられ同店を出たが、そのころ両名は、いずれも相当深酔しており足取りもままならない状況にあつたが、江川はそのまま同店前に駐車中の本件自動車の運転席に乗り込み、重夫も以上のような事情にもかかわらずこれを意に介さないでその助手席に乗つて江川に運転を委ねたこと、〈6〉江川は運転をはじめて間もなく酔のため強い睡気を催し、発進後約八〇〇メートル進行した付近で駐車中のトラツクに激突したものであること、」

以上の各事実が認められ、右認定を左右する証拠はない。

4  これらの事実を総合すれば、本件事故当時における本件自動車の運行は、専ら江川及び重夫の利益(遊興)のためになされたものであつて、被告は、本件自動車に対する運行供用者たる地位即ち運行を支配し、運行の利益を受ける地位から離脱していたものと解するのが相当である。

三  してみると本件事故につき、被告が自賠法第三条にいわゆる運行供用者であることを理由として損害の賠償を求める原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく失当として棄却を免れない。

よつて本訴請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 清野寛甫)

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